昭和50年03月23日 春の御霊祭



 こんにちは皆さん、共々におかげを頂きました。私どもと御霊様のいうなら、喜び合いの式でございます。お祭りでございます。大祭が日頃頂いておるおかげの、神恩報謝の真を形に現わすのが御大祭でありますなら、霊祭は御先祖いうならば私どもの、うからやから等々親達の御霊様と、私どもが喜び合えれる形をこの霊祭に現わす。ですから御霊様の、いわば御大祭だと私はそんなふうに思うております。
 霊神名簿を繰らせて頂いて、御霊前に御挨拶をさせて頂いておりましたら、私はあのスズランの花は見た事があるけれども。薫りというものは私スズランの薫りというのは、やっぱあるのでしょう。もうスズランの花が、咲き乱れてこれがスズランの薫りだろうと。とにかくあの周辺にスズランの薫りが、もう匂うんです。しばらくそれに私は酔う様にして、霊簿を繰らせて頂いておりましたら。
 今度はあの何でしょうかね、沖縄辺りでしょうか。もう南国情緒というかね。バナナが一杯こうふさふさ実っとるところやら、ソテツの赤い実がしておる情景やらをです。その南国情緒の風景を頂くんです。頂き終わってからまぁ寒いとこ、暑いとこの情景を頂いてです。思わせて頂いたんですけれども。昔から暑さ寒さも彼岸までという様な事を申します。いわゆる私どもの行き付きたいところは、彼岸の彼方であってそこのところの世界を求めて行くのが信心です。
 ですから例えば信心は、何を目当ての救いかと言うと。暑ければ暑いのが有難い。寒ければまた寒いのが有難い。はぁ寒い寒いまぁ暑いこっじゃあるというておる所には、おかげはない。それこそ北海道でなからなければ、寒いところでなからなければ、スズランの薫りにもスズランの花の美しさにも、触れる事は出来ない。南国情緒豊かな本当にその景色を拝ませて頂いて、北海道でこの様子を見ることも拝む事も出来ません。
 もう本当に南国なればこそ、北国なればこそ冬は冬が有難い。夏は夏が有難い。もう当然のこと当たり前のことを、当たり前にまずは分からせて頂くという所に、信心があるのです。その向こうです彼岸の彼方というのは。私どもが現在私どもが頂いておる時点で、有難い勿体ないの心を開かせて頂く事に、精進させて頂くのが信心だと。はぁ難儀なことだ。ここから脱却したいここから出たい。この苦しみから逃れたい逃れたい、それではねなかなかさぁ一つの山越しゃまた山があるのですから。
 この一つのおかげを頂いても、また次にはおかげを頂かんならん。また御無理ばっかりを申し上げんならんという世界があるのです。ですからそれでは例えば、一生かかったって堂々巡りという事になるです。ですから例えば寒いなら寒い、暑いなら暑い。そこに本当に暑くなからなければ分からない。寒い国でなからなければ味わえない、味わいというものを味あわせて頂いて、有難いという答えを出していく、おかげを頂くという事が信心なんです。
 昔こんな話を聞いた事があります。池の魚達がもう水が少なくなって、どうもここは住み難い。この池は住み難いと言うておる所に、一羽のそれこそ気品のある真っ白の鷺が、そのほとりに降りてきたというのです。そしてその鷺がその魚達に言う事はね。この山を一つ越えた向こうにはね、立派な沢山な水をたたえた泉がある。そこへこの君達が全部宿替えをすると。向こうはとても住み良いところだという訳です。
 まぁ半信半疑で聞いておった。けれどもとにかくまぁこのままでは、苦しいばかりだからほんなら一つ思い切って向こうの方へ行こう。けれどもそれにはどうしたら良いかと。それでその鷺が申しました。私がね一匹一匹、みんなをその咥えて行って、そして山を越えて向こうの池に放してやろうとこういう訳です。それでみんなまぁ喜んで、そうして貰った訳です。ところがです。何回目か飛び立ってきたその鷺の口にね。赤い血が付いていたというのです。
 それで一匹の魚がね。おいちょっと待て待てと。あの鷺の口端に付いている、あの生々しい血はあれは何と見るかと。あれはいかにもこの山の向こうに泉があると言うて、その泉に行ったつもりであったけれども。実は途中でこの鷺に食べられてしまっているのではないかと言うのでね。そのそれを断ったという様な話なんです。私は今日その事をふとこう思わせて頂いた、それこそ見てきた様な嘘を言うという。
 講釈師のお話にございますよね。それこそ地獄極楽見てきた様な、その話をするけれども。それは聞く者も半信半疑、その話しておる者も行ってみた事がないのですから、分からんのです。親先生それこそいかにも、もうその御霊の世界を隅から隅まで、御承知のように、神様の世界を知っておられるように言われるけれども。けれども実際ほんなこっじゃあるだろうかと。みんなに例えば疑われておるという所がです。
 これは私はもっともっと、精進しなければならない。ここに皆さんがこうしてお引き寄せを頂いて、今日の御霊様のお祭りを有難く受けられた方達は別です。いうならば私に悪用される。私に食べられてしまう様な事は無かろうか。その例え話は事実食べられておったと言う事なんですけれども。あのね私に利用され食べられる様な事になるのではないかと、危惧の念を置いておる人達も、いっぱしあろうかと思うのです。
 だから愈々是は、私自身が皆さんに信じられる。その信じられるという事は、何処を信ずるかという事です。それこそ皆さんに私が、神様から頂いた事でも、御霊の世界の一部を覗いてその事実を、皆さんにお話してもです。ほほうそんなこっじゃろうかと。それを本当に私の言う事を信じたら、とても今日の御霊様のお祭りは、ここのお広前に入る段の事じゃない。それこそ沢山な人で賑う事でしょう。
 合楽にご縁を頂いておる人達に、かかわり合いのある御霊様の全部が、今日はここに集まっておられるんだという事。それを本当に信じたらです。もうそれこそ抱く子も這う子も、それこそ連れてこなければおられんのであり、お参りしなければおられんのである。そこでね何を持ってほんなら信じて頂くかというてもね。これというて昨日もこの若先生が話しておったようですけれども。私とても行った事がないから、御霊の世界の話になったんですけれどもね。
 ここまでは分かってるけども、まぁだまぁだ分からん世界が、どれだけあるやら分からんのだと。けれども私どもが御教えを頂いて、日々ほんなら有難い生活をさせて頂く事に精進させて頂いて。そこから神様のおかげを分からせて貰い。または御霊様の実在も、おぼろげながら、分からせて頂くようになり。お先祖を大事にする。御霊様を大事にする。そこから少しずつ実感として御霊様が感じられる。
 昨夜も十二時ちょっと前までかかって、いろいろお夜食のお供えが来とりましたから、それをお三宝五台に盛り分けまして、お供えをさせて頂いた。最後にお番茶ですけれどもほうじ茶ですか。お茶をもうそれこそ濃く出してから、大きな茶碗にお供えをさせて頂いた。そういう事からここまでを、三宝にこう盛って参ります間にね。もうそれこそお茶の香りがもうプンプンする訳ですね。たぎるあれでそしたら私がね、手ががたがた震う様に感動するんです。どういう事か分からないんです。
 そんなもんです分からないです。けれども感動だけは事実なんです。御霊様へそれこそ喉の渇いておられる人には、ね。冷たいお水が良かろう。生ぬるいとよりも氷を浮かして、冷たい水を飲んで頂こう。一服のお茶が欲しい人には、それこそ濃いごいと出したお茶をです。熱いお茶をふうふう吹きながら、その香りを楽しみながら、飲んで召しあがって頂こうと。そういう例えば思いをですね。表して行くところに次に現れて頂けるのが、いわゆる感動。
 信心は今朝から申しましたが、その感動のない宗教とか信仰なんて、もうおおよそ宗教の意味はないと私は。そのほんなら感動こそが、真に有難いに繋がるのであり。その真に有難いというその心に、なるほどおかげが伴うてくるというのでございますから。有難うなろうと思うて、お茶を入れる訳じゃないけれども。期せずして起きてくる感動。そこに、御霊の喜びを感じん訳にはまいりません。
 今朝からの御理解に、凡人の私達が道を開くというのですから。なかなかそう見やすうはいけない。それこそ低い所から、高い所へ水を引く様に難しい。けれどもね自分の力で開くのではない。神のおかげで開かせて貰うのぞという事である。神のおかげで開かせて貰うのぞと。一時は難しくいろんな問題もあるけれども。それを辛抱して行くうちに、徳が受けられるという御理解がございます。神のおかげで開かして貰うのぞという事は、どういう事かというと。
 いうならば低い所から高い所へ、水を引くようにいわば至難な事である。難しい事なのだ。けれどもそこを神のおかげで開かして貰う。その辛抱をです、ただ辛抱もう私がぐっと堪えてさえおきゃといった様な辛抱では、身に徳が受けられるという事にはならんのです。ずいぶん辛抱し抜きなさったけれども今は結構と。ただそういう辛抱ではですね。ほら私どんが若い時には、そうにゃ苦労したというて、いうなら我情頑固というか、そういう心が強うなるだけ。
 年をとっていうならば若い時に、それこそ辛抱しぬいた人達は、いよいよ頑固になって行くだけです。だからそういう辛抱では、例えば若い時に辛抱して苦労したおかげで、ほんなら裕福になったと致しましてもです。辛抱して行くうちに徳が受けられるという事には、なってこないのです。だから神のおかげで開かして貰うという、その過程の事を今日は、いろいろな角度から頂いた。その辛抱して行くという事。
 小倉の桂みつ先生、いわゆる初代の連れあいです。奥様です。あるもう大変な難儀な問題で、もうこりゃとても、桂先生には自分は着いちゃいきゃきらん。四神金光様二代金光様のお仲人で、九州までもこうして、こらせて頂いたけれども、とても桂先生という難しい先生には、自分はつききらんというので、とうとう小倉を出られます。そして四神様の元にお出でられて、その事を実情を述べられた。恐らく四神様もその事をお聞きになって。そりゃあぁたそげな風なら早う帰って来い。
 ほかんこつならばってんそげなこつのごたるならば、もうそげなほんなら早う帰って来いと言いたいような思いをなさったのじゃなかろうかと、思うほどに深刻な問題なのです。桂先生がお出でられたのは。私はその実情をお伝記なんかには載ってませんけれども、聞かせて頂いた。私も思うた。そげなこつならとても辛抱は出来ないと思う様な事でした。ところが四神様は人間心を去って、いわゆる金光大神の手代わりとしての、お取り次をなさるのですから。
 みつさん辛いかて。もう金光様辛いとか、何とかという段じゃなかて。ほかの辛抱なら、どげな辛抱でも致しますけれども、この信棒だけは出来ませんと仰った。さぁその出来んという辛抱をね。神に縋って辛抱をするのぞと仰った。神に縋って辛抱するという所をです。いわゆる辛抱して、神のおかげで開かせて貰うのぞというのは、そういう神にすがっての、開かせて頂くという心。またはおかげでなからなければならんのです。松平が表からほたくり出したなら裏の方から入れ。
 裏の方からほたくり出されたら、表の方から入れと言うて、帰されたという事です。その辛抱し抜かれてこそ、あの小倉のいうならば、偉大な徳者の奥様として、またご自身も、二代の教会長としての、あぁいう御用をお出来になられたんです。だからその神のおかげで開かせて貰うのぞと言うのは、何かおかげば頂いてという事じゃないです。神にすがって、おかげを頂いて行く。
 そこに心の開けてくる事にもなるし、それを積み重ねて行くうちに、これが御神徳であろうか、これが本当のおかげであろうかという、おかげに触れていけれる。だから信心にはどうしても、これは結局一生が修行と仰せられるほどしですから、ね。その修行の精神というものがなからなければ出来ません。今朝から皆さんに聞いて頂いた事ですけれども。夕べはちょうど二時半でございました、文雄先生どもがみんな帰ったのが。その後でここへ出て参りました。
 もう上野先生が出て来ました。二時半に御神飯炊きに起きて来ますから。それから私はこちらへ出て参りました。出て参りましたらすぐ、御神前で頂いた事がね。今日は手は要らないと。もう御霊様達がね。それこそ何と申しましょうかね。今日のこのお祭りを受けられる心の準備というものが出来た。受け入れ状態が出来たという訳です。こういう事を頂きました。端唄にあのさのさという歌がありますよね。
 そのさのさの文句に昔知っておった、歌を頂きました「ただ単に、にくたい情や、金銭の、なかで出来たる仲でなし」と。「至上の愛と、真で出来た仲」だという文句です。いうならば、どういう事かと言うとです。それこそ博多のどんたく囃子じゃないですけれども、それこそ、「三度の、よもやにひかされて」それこそ「浮気男の癖として、女房にするとは洒落かいな」という様にです。そういうことではない。
 もう至上の愛と真で、私どもは結ばれたんだというのです。例えば今日の御霊様達の場合、私が御霊様を利用しようとか、皆さんを利用しようとか。そういうことではない。皆さんも、助からなければならない。御霊様も助かって貰わなければならない。それこそ至上の愛でありいうならば、真一途にとにかく一人でも多くの人が助かる事を願い。一人でも多くの御霊様が、喜んで頂けれるという事を、念願としての事である。
 そういう例えば今日明日、いうならば御霊様との結婚式の様なものである。いうならば夕べはもう、床入りの準備が出来た様なものであると、皆さんに今日は聞いて頂いたんです。そこにですそういう準備が、そのどうして出来たかと言うとです。私が二時間半田主丸から帰って共励をさせて頂いて、御霊様の事を信心話を二時間半、一生懸命させて頂いておったという事がです。そういう明日の結婚式の準備が、用意おさおさ怠りなく出来ておったという事に通ずるのだという事であります。
 そういう意味合いに於いての、交流ですからそこから、良いものが生まれない筈がないと言うのです。昨日ここの田中さんの親子が、昼ごろ二度目のお参りをされました。今日のお祭りのお供えやらあちらのお爺ちゃんが、この春から亡くなられました。もうずいぶん高齢でした。それでお供えを持って見えてからの、お話の中にです。先生今朝がたから、こういうお夢を頂いた。お爺さんの御霊様。
 もう沢山のご信者さんやら、その御霊様やらけれどもその、みんなで会食をしておる。それが中心に親先生がお出でるということなんです。親先生を中心にして会食をしておるということなんです。皆さん分かるでしょうどういう意味か。会食という事はままになっておるという事です。いうならばここに、お引き寄せを頂いて、合楽へ帰依をして信心をさせて頂いておる人は、私と同じおかげを頂いておるという事です。
 今朝からそこの、久保山さんが毎朝、あぁしてお参りになります。四、五日前が娘さんの結婚式でございました。だから三、四日、御無礼しておられました。けれどももう万事万端におかげを頂かれた、その五日間のお話を聞かせて頂いて、まぁ本当に置いたものをとるとは、そういう事だろうか。願ってもなかった事がそういうおかげになるという事は、本当に御守護を受けておると言わねばおられないねと。
 結婚式の当日なんかはご自分が、倒れなさった。それでもうみんなが心配をしてその別室に連れて行って、さぁ医者を呼べなんて右往左往しておる。それがかすかに分かる。それで、医者には呼ぶなと行って、こうやって手を振った。それでほんならお母さんな、御神米ち言いござるとじゃろうと言うてから、またそこの別の久保山さんが、ご兄弟ですから。あちらが信心をようされますから。
 あのおばちゃま御神米は持って来とるな。持って来とる。御神米を頂いたらおかげを頂いて、もう大変気分が爽快になって、おかげを頂いたというお話やら。結婚前後のもう前のお話やら。もう本当にもうそれはびっくりする様なおかげを頂いておられます。昨日などはちょうど、まぁだ親戚の方が残っておられる方の子供さんが、小学校三年生のが夕方になっても帰ってこんと遊びに出て。それから友達のところに聞いたところが、久留米に行きよったち言う。
 それでもう夕方になるから、そのお母さん心配してまぁ行くなら、とにかく御神米頂いて行きなさいと言うてハイヤーを雇うて、久留米に子供さん探しにやらせて頂いた。おそらく、西鉄の混雑しておる所でどのバスに乗って良いじゃ分からんで、うろうろしておるだろうと言うのです。それでそのハイヤーを雇うて、御神米をお供してやらせて頂いておりましたら、もうちょっとこう見た瞬間です。
 子供達が二、三人そこば歩いて行きよるげなもん。それが何と自分の息子であったち。それが与田までね、子供じゃあるですね、久留米からずうっと歩いて帰って来よった。与田まで帰って来とった。でもそん時にお母さん、私がちょいとこう見らなかったら、もう向こうへ行っとったじゃろうけれども。まぁそこで三人の子供を乗せて、蜷川辺の子供までおったそうですから。もうずうっとその何処も心配しておられるからね。まぁ子供配って回って帰ってきたという。
 本当にあの神様の御守護を受けておる印だねと。まぁこりゃ久保山さんのお話ですけれどもね。信心させて頂いておるとね。そういうおかげの中にある事を、何時も実感するんです。ですから実感そすと感動。それが何時も頂けれる。そこにね例えば理屈ではない、信心の有難さと言うものが、身に付いてくるのです。そういう例えば一分一厘間違いのない働きをほんなら、私自身が頂いておる。
 いうならば私と同じ働きを頂いておるという事が、親先生と同じ意味合いの、ままになっておるおかげを受けておるということなんですよ。同時にですほんならここに御親縁を頂いておる人、家族の方達がです。そういうお繰り合わせの中に、素晴らしいタイミングの中に、おかげを頂いておるという事。その中には例えばほんなら、無性になってその結婚式の大事な時に、倒れたと言った様な事も、そういう一幕もあるです。
 子供がおらんごとなったと言う様な、心配の様な事も起こってくるんです。けれどもその中にです。もう何とも言えん信心頂いておるおかげと言うものを感じるでしょうが。そういうおかげを頂き。そして表していけれる信心生活。そういう風に親先生もおかげを受けておられる。親先生のはもちっと垢抜けしておる。もちっと大きい。親先生と共にままになった。親先生と共にご飯を頂いておるままになっておる、会食をしておるということなんです。それをね御霊様もやはり、今日という今日だけはです。
 そら御霊様にもピンからキリまであります。いろんな苦しみを苦しんでおられる御霊様もあります。けれども今日だけは、親先生と同じものが頂けるほどしの、素晴らしいいうならば遺族の者と、御霊様との出会い。そこにその喜びの雰囲気というものは、もういうなら無礼講的なおかげの中に、御霊様が喜ばれる。御霊様のその歓喜。そのこういう喜びの道というものをです。御霊ながらにもこれから進めて行こう。
 この話を御霊様も聞きござる。そして御霊ながらも、精進させて貰うてもちっとは益しの位を頂く御霊とも、力のある御霊とも安心の御霊にもならせて頂こうという精進を、御霊もする事であります。ですからほんならありますと、こう言うてそれがほんなこっじゃろかと。何を証拠にそんな事を言いござるじゃろうかと、言うたらもうそれは私の話は、値打ちはないのですけれども。
 例えばその田中さんの、例えばそういうお夢の働き。夢の中に現れてくるような、そういう働きの中からでもです。なるほど御霊様と合楽との関係。または助かって行っておる事実。または自分自身が日々生活の中に現わしておるおかげというものを、あれこれ思い合わせてです。神様をいよいよ分かり、いよいよ信じていけれる稽古をさせて頂かなければならない。これはもう四、五日前でしたけれども。内田さんの娘さんが、佐賀に嫁入っております。子供さんが出来ました。
もう本当に可愛らしい子供でしたけれども。この世におる事、僅か四ヶ月でした。もう大変な悲しみでしたが。もうそのおかげで信心のなかった、いうならば主人になる人が、信心をするようになった。嫁の名が高子さんち言う。高子さんが例えば参ってきても、ここまでは送ってくるけれども、中には入らんちいう様なこっじゃった。それが最近は信心の有難さ、それを自分の可愛い子供を亡くした時点からです。金光様の信心が有難くなってきた。先日もご直会、二十五名からでした。
 もう皆んな佐賀の方達ばかりですけれども、もう、良い方ばかりでした。お父さんご両親を始め、叔父さんおばさん姉妹達全部見えられてから。もうそれこそ盛大な五十日祭を奉仕させて貰いました。その五十日祭を奉仕させて頂く、その朝に高子さんが頂いておるお夢がです。自分の家の前の方から、水がひたひたとこう迫って、いわゆる大水が入って来よるという感じである。
 それから裏へ出たところが裏の引き戸のところを、一杯にです。そこの引き戸一杯にと思われる様な、大きな亀がこうやってごそごそ、這うて家の中に入ってきておるというお知らせであった。はぁただ事ではない。どういうそのお夢であろうかと。夢の中で、いろいろ感じておるうちにです。その亀がね亡くなった子供は、恵子ちゃんと言いよりました。それが恵子さんの姿に変わったというお知らせであった。
 それは五十日祭を仕えて頂こうという朝であった。ここで本当に信心が分かり、本当の徳を受ける。おかげの世界に行くためにはです。やはり親先生任せにならなければならない。親先生を亀に例えるならば、その亀の背中にしっかりつかまえて乗っとかなきゃならない。そして竜宮を目指さなければならない。その間には波も高い高い波もあろう。もう、亀の背中から降りようかと思う様な事もあろうけれども。
 そこを一つ親先生にすがり抜いてのおかげを頂くところに、目指す竜宮があるのだというような御理解を頂いて。亀のお知らせを頂くと私の事だという風に、皆さんが言われます様に。その大きな亀がです大きな亀が入ってきた。表からこう水がひたひたとという事は、お恵みの水がもうそこまで来ておるという事。亡くしたその事は悲しい事です。けれども、その時点でです。
 恵子ちゃんあんたがおかげで、お父さんも信心になった。お母さんも信心が、より分からせて頂くようになった。恵子ちゃんあんたのおかげでと、御霊様も生きてくる。いうならばそこから、ひたひたと寄せてくる、お恵みの水を触れることも出来る。これからはいよいよ親先生任せにならせて頂いての信心修業させて貰わなければならない。そこに御霊が、いうならば私と一緒にままになっておるというものを、そこに感じますでしょう。だからそういう様な事に、銘々も頂きますが話を聞きながらね。
 いうならば半信半疑なところは、もちっといわゆる信ずる力というものを頂かせて貰う。そこでですそれを幾ら話を聞いて、ほうなるほどと。例えば聞いとってもです。それが実感として、そうしなければおられないものになるためにです。私どもがいよいよ和賀心を目指す。いよいよ有難うならせて頂く。言うならば宗教でいうところの、有難き勿体なき恐れ多きという、信心の感動というものがです。感じられ頂けれるおかげを頂く時にです。それは一つの信心の勢いにもなり。
 いうならば修行を修行として、有難く受けさせて貰う。夏の暑いのが有難い。冬は冬で寒いのが有難い。その現時点でその有難いという事を分からせて頂く信心というのはです。いよいよ和賀心を目指すという様な、喜びを目指しての信心からでなからなければ生まれてこないという事であります。いよいよ有難くならせて頂いたらです。私の言うことを、みんな、信じられるようになるという事であります。
 そしてですそして、そんなら親先生が言うことがです。地獄道に繋がっておっても、いうならばさらさらいとわんというほどしの信心も、段々出来てくる。そこから生まれてくるのが、親先生任せになっておけば、安心だという安心の境地が開けてくるのであります。まずはだから幾らもうそれこそ、見てきたように説いておる、私のいうならば御霊の世界、神様との係り合いの事でもです。これはもう理屈ではなしに、それが信じられるという事は有難いという心で、受けとめて行くより他にはありません。
 それが分かって頂いておるのが、まぁ大体皆さんであるとするならです。まぁだ半信半疑であるという人達も沢山ある。そこには私自身のね。これからの信心の精進が必要なんです。おそらく口端に血がついておる様な事が、ありはせんだろうかと私自身も、改まって行かなければならないと思いますけれども。皆さんもねそこんところをです。例え血を、そこに見ましてもです。もうこの先生になら、騙されたっちゃ良かという様なです。そういう、私は信心の度胸が出来てくる。
 安心の世界を目指しての信心でなからなければならないと思うのでございます。どうぞいうならば御霊様の御大祭に、まぁいうならば、これだけの方達がお参りをした。それこそ御霊様の中には、ずいぶんと今日は孫達も来るだろう、息子も来るだろう家族の者も、みんなお参りしてくるだろうと、例えば待ってござったと仮定致します。それにそれこそ探し求めたけれども、おらなかったと言うなら、御霊様も淋しい思いであろう。そこを私は慮ってここの総代さん方には。
 必ず最後に玉串をあげて頂く事に致しております。それこそ沢山がっかりしておる御霊様達にです。いうならば総代さん達が、代表して玉串を上げて頂くと言うのが、ここの総代さん達が、最後に玉串を上げるのは、そういう訳であります。だからそういう例えば、それも、私は実際は分からんですけれどもね。淋しい思いをしとるとか、知らないか分からないけれどもです。それを実感として受けとめるところに、日頃の信心がると思うのでございます。
   どうぞ。